「最善の方法」
普通のリスナーとしての個人としたら、一番は楽しいだし、承認欲求が満たされる事なのかな
でも、そこに応援するというのが入ると、自分が楽しむために好き勝手やっていたら調和もバランスも取れないから、ある程度、まわりに合わせて、空気を読んでというのが必要になってくる。
さらに上の自分がそこに存在する意味だったり、何が出来て何をする事が、そのベストプラクティスかを考えると、キャストさんの行動指針はどうなのか、何を望んで、何を目指しているのか、リスナー一人一人を見て、どういう立ち位置でいるべきか(ガッツリ参加するのか行動は控えめに見守るのか)、いろいろな情報と分析をしないといけなくなる。
もう目立ってしまった(リスナーにも名前が認知されつつある)状況から、普通のリスナーになるというのは、結構無理かなと思う。
好き勝手投げまくって、かまちょしてるのは楽しいし、投げればかまってくれるのは、まあ当然の流れなんだろうけど、それじゃダメなんだろうなぁって思う。私は楽しい。でも、他のリスナーは。というのをどうしても考えてしまう。今までは、ゲスト的なポジションもあって、許容されていた事もあると思うけど、同担拒否的な考えを持つ人がいたとしたら、ゲストではなくなった時には、嫌悪感しかなくなると思うし、その嫌悪感を抱いた相手を構うキャストにも嫌悪感をいだく可能性は出てくる。嫌悪感は憎悪に変わる事があるし、そうなった場合は結果的に、キャストの負担になってしまう。
おとなしくほどほどにしてるのが一番なのかもしれないけど、かまってくれるの好きなんで、なかなかね。癒されはすると思うけど、本当にそれで自分が楽しめるのかというと。でも自分が楽しいを前面に出すと、楽しくないリスナーもいるだろうなぁと思うし…。
ベストプラクティスはどこにある。
なんかわからんけど、最近、来訪者数が増えてるんだよね。こんな私の独り言を読みに来てくださっている方がいらっしゃる事に驚きと戸惑いです。ツイートにURL貼った時はわかるんだけどね。
普段は、ツイッターのプロフにしかリンク貼ってないから、そこから来てくださっているか、ブックマークしてくださってるって事だと思うのですが。
お手間じゃなかったり、思う事がありましたらコメント残して行ってください。
いただいたコメントは非公開のままですし、コメントにお返しもしていませんが、目は通しておりますので。m(__)m